コラム 千年の旅 主宰 柳基善
旅を単純化して二種類に分類してみたい。
一つは「なぞる」旅だ。
例えばロンドンに行き、英語の教科書に出ていた写真と同じビッグベンを見てホッとする、外国人旅行者が富士山を背景にインスタで見た風景の写真を撮る、などがそうした旅だ。
旅の体験は本物をなぞり撮影する時がピークとなる。
もう一つは「ひかれる」旅だ。
少ない情報で、旅先を気の向くままに周遊し、自然や建物、アートやクラフトなどに魅かれる旅だ。五感を解放し、心がワクワクする方向に身を任す。空間や人を通して体験は徐々に深みを増す。
東京から福岡に居を移して4年になる。これまで九州各地を回り、小さな旅を重ねてきた。私の旅の仕方は「ひかれる」方だ。その様子を少し振り返り共有したい。
はじめに経年変化の美しさに目が向いた。
神社の樹齢千年を超える樟(くすのき)の木肌をまじまじと眺めた。
何百年もの歴史ある窯元を訪れ、その工房の得も言われぬオーラに目が釘付けになった。
風雪に耐え、濃密な人の往来を想起させる経年変化の味わいは、新しい素材や意匠では作り出せない価値あるものと感じた。
また、旅先では、土地の語り部の人柄や話が面白く、つい引き込まれた。
千年以上も続く家柄の宮司から地元の物語を伺った。なかなか書物からでは味わえない実りあるものだった。歴史に興味が湧き、古代へのロマンが広がり、一気に時代をタイムスリップしたような感覚に陥るから不思議だった。それは、その土地が私の故郷の地であることに由来しているかもしれない。
そして、陶磁器や染物などの工芸品の中に、日本の伝統文化の美しさを見出し、心が動かされた。それぞれの作品の魅力から自分の美意識が掘り起こされ、もっと作品の背景や技法を知りたいという欲求が生まれることになった。
さて、旅に出て、知識をなぞり、おさらいをして満足する旅と、旅先で、ひかれるものに導かれ、新たな自分との出会いが起こる旅と、あなたはどちらが好きだろうか?自分は両方の旅が好きだという人もいるかもしれない。
最近では、オンライン旅行で十分だという考えもあるようだ。しかし、直接体験はバーチャルの体験を優に上回る豊かさを持っていると思う。旅から戻り、土地の歴史や文化に関心を持ち、それを調べることで、旅の余韻は深まりもする。そして、もう一度、訪れてみたいという引きをその旅先から感じることになる。もし、その土地に自分の先祖との繋がりがあればもっと興味が増すかもしれない。
さらに、手仕事で作られた土産品が次第に自分の家に馴染み、そうした伝統文化を守る地域の人々への敬意が生まれてくるだろう。
旅は自分では気づくことのなかった美意識や命の繋がりを発見する体験である。それは言わば自分のDNAに導かれる旅だ。自分がひかれる方向に足が向き、人や物との出会いがあり、心身に力が漲るようになる。
日本の地方には、そうした旅の舞台がひっそりと、また堅固に残されている。都会の喧騒を離れて、ゆっくりと田舎で過ごす旅、春に向けて計画してはいかがだろうか。